消防の沿革
元禄年間
藩主京極家第二代高豊時代に町奉行より達しがあって城下10余ケ所に用水戸を設け、各用水戸に水溜桶30ヶを設置せしめた。また、町の家持に水溜桶1ヶ、長屋5軒毎に水溜桶1ヶを設置せしめた。これが、消防設備のはじめである。
宝永年間
京極家第三代高或時代に町奉行の達しにより出火の際、町役(町年寄)は町方より所要数の人足を出役させた。これを火消人足といった。
享保年間
京極家第四代高矩時代に旧12月10日より正月中(末日迄)町三浦の夜警を町奉行より仰せ付けられ、一夜に火消人足2名づつを出役させた。それより夜警は、毎年実施せられた。
明和年間
京極家第五代高中時代に火消侍を置き、城内及び侍屋敷ぼうびの任に当たらせた。いわゆる、武家火消である。一方、町年寄が惣宰領となって火消組を組織し、組頭1名を置き、明治時代の消防組になるまで町火消といわれた。
明治 8年11月
丸亀警察出張所が創設され、火消組はその指揮下に入る。
明治26年 6月
頭取、副頭取、取締の消防掛員が選挙せられ、い・ろ・は・に組の4組、組員100名をもって丸亀町消防組を設置した。
明治27年 2月
勅令をもって消防規則が公布され、法的地位が与えられる。
明治32年 4月
市制実施に伴い、丸亀市消防組となる。
明治33年
腕用ポンプ1台を購入し、い組に配置したのを始め、明治35年までに残余のろ・は・に組に各1台づつ配置した。
大正 3年
消防組の機構を改め、い組ろ組を第1部に、は組に組を第2部と称した。
大正 6年 6月
六郷村の合併に伴い、第3部を新設した。
大正14年
手挽ガソリンポンプ(25馬力)2台を購入し、第1部、第2部に1台づつ配置した。
昭和 2年 4月
本市に初めて、消防機械器具の保存手入れ並びに地水利調査に専従せしめるため、消防組員より常備消防手1名を任命した。
昭和 8年
平井式消防自動車(1932年式フォード)1台、さらに昭和10年岡山式フローイング消防自動車(V8. 1935年式)1台を購入し、第1部、第2部にそれぞれ配置し、新たに常備消防手2名を任命した。
昭和14年 4月
警防団の施行により、消防組は警防団に改編せられ、団長以下562名、7部5ヶ分団編成となる。
昭和22年 8月
香川県知事の認可を得て、警防団を消防団に改編し、団長以下380名、1部7ヶ分団編成となる。
昭和23年 3月
消防組織法施行により、自治体消防として市が管理することになった。
昭和25年 2月
消防団員定員を380名から330名に減員した。
昭和26年 4月
南村合併により定員330名を380名に増員し、1部8ヶ分団編成となる。
     12月
少数精鋭主義の新編成切替を行い、消防団定員210名、3部6ヶ分団編成に整理した。
昭和27年 6月
消防本部並びに消防署を新設し、消防長以下19名、消防自動車4台で編成し発足した。
昭和28年 3月
市内二番町1番地の2に消防庁舎を改築移転した。
     12月
婦人消防クラブが80名で結成された。
昭和29年 4月
本島村、川西村合併により、それぞれ消防団員50名をもって第7、第8分団を結成し、これで消防団員310名、3部8ヶ分団編成となる。
      5月
土器村合併により、消防団員50名をもって第9分団を結成し、これで消防団員360名、3部9ヶ分団編成となる。
     10月
郡家村合併により、消防団員60名をもって第10分団を結成し、これで消防団員420名、3部10ヶ分団編成となる。
昭和30年 3月
善通寺市瀧川地区の一部合併により、消防団員20名を第6分団に編入し、これで消防団員440名となる。
      5月
飯野村合併により、消防団員50名をもって第11分団を結成し、これで消防団員490名、3部11ヶ分団編成となる。
昭和31年 3月
少年消防クラブに、昭和30年度表彰優良クラブとして全国少年消防クラブ運営指導協議会会長から表彰旗が授与された。
     12月
3部を団本部に統合し、これで消防団組織は1団本部11ヶ分団編成となる。
昭和33年 5月
垂水村、広島村合併により消防団員50名、60名をもって第12、第13分団を結成し、これで消防団員600名、1団本部13ヶ分団編成となる。
昭和34年 4月
少数精鋭主義の編成切替を行い、消防団員531名となる。
昭和37年 9月
第1回丸亀市消防団消防訓練競技大会を開催した。
昭和41年11月
都市計画に基づき、市内大手町二丁目4番1号に消防本部(署)庁舎を新築した。
昭和42年12月
消防分団などの派遣職員(機関員)を署に勤務させた。救急業務を開始した。
昭和44年 4月
消防団員の編成切替えを行い、1団本部12ヶ分団、消防団員477名となる。
昭和46年12月
救助隊を編成し、救助業務を開始した。
昭和47年12月
明治天皇行在址碑を移転し、消防庁舎車庫を増築した。 屈折はしご付消防ポンプ自動車1台を購入した。
昭和48年 4月
飯綾消防組合設立(構成町:綾歌町・飯山町)。
昭和49年 3月
化学消防ポンプ自動車1台を購入、本署に配置した。
昭和51年 3月
春季火災予防運動の一環として、市資料館共催による消防今昔展を開催した。
昭和52年12月
消防本部(署)庁舎を増築した。
昭和54年 4月
飯綾婦人防火クラブ連合会結成(構成町:綾歌町・飯山町)。
昭和55年 3月
消防庁舎に、消防・救急一斉指令装置(B型)を設置した。
昭和56年 3月
消防庁舎屋上に、救助訓練塔を増築した。
      9月
昭和56年度香川県消防操法大会において、第8分団が消防ポンプ自動車の部で優勝を飾る。
昭和59年 9月
昭和59年度香川県消防操法大会において、綾歌郡代表として出場の飯山町消防団が消防ポンプ自動車の部で優勝を飾る(構成町:綾歌町・飯山町)。
昭和60年 5月
離島地域遠隔サイレン吹鳴装置を整備した。
昭和62年 4月
郡家町に消防署南分署を新築し、職員8名で消防業務を開始した。
     10月
日本消防協会主催の第3回全国婦人消防操法大会において、垂水婦人消防隊に優良賞が授与された。
昭和63年 3月
救助工作車1台を購入し、本署に配置した。
      9月
昭和63年度香川県消防操法大会において、第9分団が小型ポンプの部で優勝を飾る。
     10月
日本消防協会主催の第11回全国消防操法大会・小型ポンプの部において、第10分団に準優勝楯が授与された。
平成 元年 7月
南分署において、救急業務を開始した。
平成 2年10月
30m級はしご付消防自動車1台を購入、本署に配置した。
平成 3年 9月
第29回丸亀市消防団消防訓練競技大会において、第12分団が5ヶ年連続優勝を飾る。
平成 4年 2月
日本消防協会から優良消防団として、最高栄誉賞「まとい」が授与された。
     12月
化学消防ポンプ自動車V型1台を購入、本署に配置した。
平成 6年 1月
香川県防災ヘリコプター派遣職員に関する協定を締結した。
      2月
香川県防災無線に関する協定を締結した。
      5月
広島市消防局救急救命士養成所開校にともない、職員1名を派遣し、本市第1号の救急救命士国家資格を取得した。
      7月
全国的に厳しい渇水に見舞われ、本市も渇水対策本部を設置、消防本部においては延べ71日間にわたり、火災予防に警戒態勢を図り万全を期した。
平成 7年 1月
阪神・淡路大震災にともない、応援隊として延べ23日間、消防職員延べ18名、水そう付消防ポンプ自動車1台、消防ポンプ自動車1台、薬液搬送車1台を派遣した。
      9月
平成7年度香川県消防操法大会において、第6分団が小型ポンプの部で優勝を飾る。
平成 8年10月
本部庁舎耐震診断を受診した。
平成10年11月
携帯電話等からの119番通報受信を開始した。
平成16年 9月
平成16年度香川県消防操法大会において、第12分団が消防ポンプ自動車の部で優勝を飾る
平成15年4月 1日
1市2町「丸亀市・綾歌町・飯山町合併協議会」設立。
          
(丸亀市消防本部、飯綾消防組合消防本部)
平成17年3月21日
飯綾消防組合解散。
平成17年3月22日
新「丸亀市」発足。消防職員定員122名1本部2消防署1分署・消防団員定員645名1団本部23ケ分団編成となる。